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風立ちぬ

かしのページへようこそ!・・・nostalgia・・・
懐かしく 想える ひと時を・・・

えんリフォーム‘ シュウプロ は、時どきの 出会いを 大切に!
出会えた ご縁を 大切にしたい。
そんな 気持ちで 日々、仕事に 当たって おります。


小正月(こしょうがつ)

新春の候。
新年、早々の 降雪で、ことのほか 寒気、厳しい 今日この頃。
寒さが 身に沁みます。

「シュウプロの よもやま話」
今日も 気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと 思います。
さて、今日の話題は・・・

‘小正月’‘女正月’ 。

元旦 から 松の内 までを 大正月と いぅのに対して、1月15日を 一般に 小正月
地方によっては、女正月と 呼んでいます。
特に 農山漁村では、昔から 古い 仕来たりがあり、今でも 様々な行事が
行われている様で、この日で 正月の 全ての 行事が終了となります。

例えば、室内に ‘もち花’ ‘まゆ玉’ といって、葉のない 柳の枝などに
花や まゆの形に なぞらえた 餅や だんご を付けたものを飾って
稲の豊作や 蚕の豊産を 期待したり、雪の上に松の葉を苗に見たてて
田植えの真似事をしたりする地方もあります。
中でも、広く全国各地で行われているものには、‘左義長(さぎちょう)’
あるいは、‘どんど焼き’ と呼ばれる 火祭りの行事があります。

佐義長とは、小正月に 行われる行事で、場所によっては、‘どんど’ ‘ほっけんぎょう’
‘ほちょうじ’ などとも 呼ばれています。
一般には、長い竹を数本立て、正月に使った門松しめ飾り書き初め などを
持ち寄って 燃やして始末するのが、この1月15日です。

元来は、‘御吉書三毬杖(ごきつしょさぎじょう)’といわれる、中国から来た
宮中の 行事を いいます。
御吉書とは、天皇の書いた書き初めで、鞠打ち遊びに使う 杖三本を結んで
これと 一緒に 御吉書を陰陽師 に焼かせたのが 始まりだとされています。

この火で 焼いた餅を食べたり、たばこに火をつけて吸うと、一年中病気に
ならないとか、自分の書き初めの灰が 空高く舞い上がれば、字が上手になる
などと いい伝えられています。
また、関東地方では、1月15日まで待たずに、松を取る7日頃に 焼いてしまう
ところもあるそうですが、これも地方によって、まちまちの様です。 

京都 や 大阪では、元旦 から 松の内 までを 男正月と呼び、これに対して
1月15日を 女正月と呼んで、男正月に 接客などで 忙しかった女性を労わり
家事万端から 解放する日としていました。
女正月といぅ名称の由来は、満月から満月までを 一か月と 定めた旧暦では
1月15日が 年の始まりとなる 満月の日でした。
女性の 年始周りは、この日、行われていた為と いわれています。

地方によっては、女の酒盛り といって、男子禁制の酒宴を開いたり、この日の
前夜を 女の 年取り といって、夕食は、男性が こしらえる 仕来たりになっている
ところもある様です。

1月15日は、お父さん や 子どもで 家事の 全てを分担し、お母さんを 家事から
解放してあげると いぅのも 良いかもしれませんね。
それよりも、お母さんを 一人に させて あげる方が 喜びますかね?

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ダーティハリー


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和室 改修工事

当ページでは、過去 実際に行った工事や、現在行っている工事を写真を交えてご紹介いたします。
ぜひチェックして、ご参考にしてみてください。
(工事費用は この限りではございません。あくまで目安と させて頂きます)

4畳半の 和室。
とはいえ、既存の 床は 元々、畳ではなく、フローリング。
古いものを 新たに 張替えました。
押入の 中は そのままに、襖を 折戸ユニットへ。
天井・壁の クロスも 貼替え、仕上げました。

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ドラゴン怒りの鉄拳

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赤穂浪士(あこうろうし)

師走の候
今年の カレンダーも 一枚と なりました。
コロナ渦 といぅこともあり、師走の 雰囲気も いまいち ですが
スーパー などに 正月飾り や 鏡餅が 並ぶのを 目にすると
年の瀬を 感じざるを 得ませんね。

「シュウプロの よもやま話」
今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

この時季になると、恒例?
よく テレビなどでも 目にしますよね、‘赤穂浪士(あこうろうし)’

赤穂浪士47人が 本所の 吉良邸に 討ち入りし、主君の 仇討ちを 成し遂げたのが
1702年 (元禄15年) の 12月14日(新暦15日)と いわれています。

1701年 (元禄14年) 3月江戸城・松之廊下で 播磨赤穂藩主・浅野内匠頭長矩
(あさのたくみのかみながのり)
が、幕府の 礼式を司る 高家筆頭の 吉良上野介義央
(きらこうずけのすけよしなか)
に 小刀で切りかかる といぅ事件が 起こりました。
浅野には、即日切腹、領地没収と いぅ 厳しい 処置がとられましたが
吉良には、一切の おとがめ がなく、これが 事件の 発端となりました。

家臣たちは、主君の仇を討つ為に 綿密な 計画を練り、翌年12月14日
寅の上刻 (新暦15日午前3時頃)、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の率いる
47人が 本所の 堀部安兵衛(ほりべやすべい)宅に集まり、そこから 吉良邸へ
討ち入った といわれています。
2時間程の 戦いの末、浪士側は、一人の 死者も出さずに 吉良の首を取る事が
出来ました。

当時の世論は、武士の本懐を遂げた、赤穂浪士たちに味方しましたが、幕府は
翌年 2月4日、一同切腹 といぅ 処置をとりました。
しかし、赤穂四十七士の 一人、寺坂吉右衛門(てらさかきちえもん)は、討ち入りに
参加しましたが、泉岳寺に 引上げる途中で姿を消して、切腹を免れ、83歳まで
生きていたと されています。

この事件を 題材とした ‘忠臣蔵(ちゅうしんぐら)’ は、歌舞伎、演劇、ドラマ
映画などの 作品として 多く作られ、現在に 至まで 語り継がれています。
毎年 この時季になると、必ず、どこかしらで やってますよね。

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トイレ(マンション 床上排水 )

当ページでは、過去 実際に行った工事や、現在行っている工事を写真を交えてご紹介いたします。
ぜひチェックして、ご参考にしてみてください。
(工事費用は この限りではございません。あくまで目安と させて頂きます)

タンク隅付型・床上排水(排水芯 H155mm)の マンションの トイレ。
天井・壁 クロス、床 クッションフロアの 内装工事も 行い スッキリしました。

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東宝チャンピオンまつり(ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘)


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キッチン(W 2700→1950)

当ページでは、過去 実際に行った工事や、現在行っている工事を写真を交えてご紹介いたします。
ぜひチェックして、ご参考にしてみてください。
(工事費用は この限りではございません。あくまで目安と させて頂きます)

キッチンの 入替え工事。
既存は、2700 幅でしたが、1750 幅に 縮小し、脇に 冷蔵庫の スペースを。
ただ 物入れに なっていた 吊戸棚も 無くして、スッキリと しました。
レンジフード 上には、梁が ありますが、前幕板を カットして 設置。
出っ張っていた 冷蔵庫も キッチリと 納まり、限られた キッチン スペースも
工事前に 比べ、広く なりました。

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